- 孤立と創造性

2009/04/22/Wed.孤立と創造性

今月はまだ一度もジムに行っていない T です。こんばんは。

ゲーム日記

MHP2G をまたぞろ起動してシコシコと遊んでいる。

1〜2 年前から、ゲームに対する姿勢が変化しているように感じる。言葉にするなら、「いかによく遊ぶか」。例えば、「最強」(最速、最大、最短など) という唯一のモデルを、何十万人ものプレイヤーが等しく目指してプレイしてしまう、しまわざるを得ないシステムが、ゲームとして限りなく貧しいデザインであること。商業的な要請によるその設定はしかし、自分の遊び方を制限するものではないこと。ゲームの裏表を充分に理解した上で、自分だけのためにプレイすること——。ようやく、そういう境地に達してきたように思う。

この過程は読書において、数年前に通過した。今はかなり自由に文章を読めるようになったと思う。「読み」は creative な行為である。他人とは共有し得ないという一点において、創造的なのだ。同様のことが、恐らくゲームのプレイにも成り立つ。他者への関心 (他人と物語の感想を共有したい、他のプレイヤーから称賛を得たいという想い) が自然に絶たれることで得られる孤立が、創造性に関係しているのではないか。これは、他者からの孤立が独自の表現様式に必要であるという考えとも通底する。

もちろん、それが最高の表現だと主張するつもりはない。そもそも、上記の志向においては「最高」という考え方自体が否定されている。