- 『ローマ人の物語 キリストの勝利』塩野七生

2010/09/05/Sun.『ローマ人の物語 キリストの勝利』塩野七生

『ローマ人の物語』単行本第XIV巻に相当する、文庫版第38〜40巻。

コンスタンティヌス大帝、コンスタンティウス帝と二代続いたキリスト教への優遇措置は、「背教者」ユリアヌスによって一時的にしろ揺り戻された。ユリアヌス帝がキリスト教の拡大を阻止せんとした理由は定かではないが、彼が哲学徒であったという事実が深く関係しているように思う。ユリアヌスの治世が長く続けばキリスト教の歴史もまた変わったかもしれない。しかし彼は若くして死亡する(謀殺の疑惑あり)。

その後、テオドシウス大帝と、彼を自分の影響下に置くことに成功したミラノ司教アンブロシウスによって、キリスト教のローマ帝国国教化が完成する。

この年[註・三八八年]、四十一歳になっていたテオドシウスは、反乱軍を制圧しそれを率いていたマクシムスを死刑に処した功績を背に、はじめて首都ローマを訪問する。とはいえこの人は、コンスタンティウス帝とはちがってローマの名所旧跡の見学にはいっさい興味を示さず、まっすぐに元老院議場に向った。そして、集まった議員たちを前にして、形式は質問だったが、内実ならば選択を迫ったのだ。皇帝は言った。

「ローマ人の宗教として、あなた方は、ユピテルを良しとするか、それとも、キリストを良しとするか」

(略)

討議がどのように展開したのかは知られていない。元首政時代のような、元老院の討議を詳細に記録して公表していた「元老院議事録」(アクタ・セナートス)は、それ自体からして成されなくなって久しかった。いずれにせよ、議員たちには、討議をどれだけ重ねようと、テオドシウスが求める回答を与えるしかなかったのである。議員たちは、圧倒的な多数で、「キリスト」を採択した。

(「第三部 司教アンブロシウス」)

宗教など「採択」するものではないと思うが、「国教化」自体がそも無理矢理な行為なのである。西欧の中世キリスト教社会が暗黒時代となったのは必然であろう。

本邦の国家神道や、宗教ではないが、共産主義やファシズム、ナチズムも同じ轍を踏んだ。内容云々以前に、排他的な主張は無理が祟って必ず衰退する。というよりむしろ、衰退した組織に排他主義が忍び寄るようにも観察される。もしそうなら、「排他や差別はいけません」という標語には大して効果がない、少なくとも国力なり社会なりが充実していない状況では無意味であろう。

いずれにせよローマ帝国は衰微していた。テオドシウスの死後、帝国は東西に二分割される。