アマチュアでありながら優れた数論研究者であったフランス人、ピエール・ド・フェルマー (1601〜1665) は、愛読書『算術』(ディオファントス著) の余白に自らのアイデアや定理を書き込むのを常としていた。彼はいわゆるプロの数学者ではなかったから、これらの中には厳密な証明がないものも多い。しかしフェルマーの定理は、特に数論において重要なものが数多く含まれていたため、後世の数学者から数学的証明を与えられている。
だが、フェルマーの死後 300年以上が経過しても証明されていない定理が残っていた。これが「フェルマーの最終定理」(フェルマーの大定理)である。それは次のような命題である。
xn + yn = zn (n > 2)
この方程式は整数解を持たない。
『算術』の余白に書き込まれたこの命題には、まだ続きのメモがある。
私はこの命題の真に驚くべき証明をもっているが、余白が狭すぎるのでここに記すことはできない。
cuius rei demonstrationem mirabilem sane detexi. Hanc marginis exiguitas non caperet.
フェルマーの最終定理がなぜこれほどまでに有名になったのか。理由は幾つかある。
この超難問を最新最高の数学的技術とアイデアでもって証明したのが、アンドリュー・ワイルズである。1995年 (最終的な論文が発表された年) のことであった。彼は証明不可能とさえ思われた定理を、孤独の内にほとんど独力で論証し、またその過程において様々な数学的発展を世界にもたらした。それは、フェルマーの最終定理という物語を締めくくるにふさわしいファンファーレでもある。本書が描いているのは、そのようなドラマなのだ。
本書では、フェルマーの最終定理に関して、ワイルズのみならず、古今の数学者の軌跡、定理を理解する上で必要と思われる数学史、そこから派生する様々なエピソードを活写している。読者は、フェルマーの最終定理を中心に、数学の魅力を多面的に堪能できるだろう。ワイルズの証明、あるいは過去の数学者達の格闘を把握するために必要となる数学についても、必要充分に述べられている。重要な証明には充実した補遺が添えられているのも嬉しい。
数学者達も丁寧に描かれている。特に、定理の証明に重要な貢献を果たした「志村=谷山予想」のくだりは同じ日本人として誇らしく思うし、また、女性数学者に立ちふさがる社会的障壁の箇所なども大いに啓発される。比較的ページ数の多い本書であるが、数学のもたらす知的興奮と、数学者が織りなす人間ドラマが相まって、一気に読める。
興味のある方には、アミール・D・アクゼル『天才数学者たちが挑んだ最大の難関 フェルマーの最終定理が解けるまで』も推薦しておく。