- ある系に共通し、かつ、ある系にだけ共通する

2012/10/15/Mon.ある系に共通し、かつ、ある系にだけ共通する

「由来が "同じ" はずなのに異なる細胞へと分化する件」について再び。

iPS 細胞の実験は、全ての細胞の由来が万能性細胞であることを逆説的に示していると考えることもできる。iPS 細胞の樹立に想を得て、体細胞から別の(最終分化した)体細胞への direct programming の研究も行われた。次に行われるべき研究の一つは、その中間であろう。すなわち、体細胞から前駆細胞への reprogramming である。これは医療にも役に立つ。

体細胞 → iPS 細胞 → 最終分化細胞には二つの問題がある。一つは工数が多いこと、もう一つはそれとも関係するが、iPS 細胞の全てが目的の最終分化細胞に分化するわけではないということである。

そこで、体細胞 → 最終分化細胞への reprogramming が行われたわけだが、これにも課題が残る。一つは、reprogramming によって得られた細胞が本当に最終分化細胞と機能的に等しいのかという問題である。少なくとも iCM 細胞(心筋)には、本物の心筋と異なるのではないかという疑義が呈されている(とはいえ研究は始まったばかりだから、いずれ技術的に解決される可能性はある)。もう一つは、最終分化細胞には再生能力がないということである。

神経や心筋であれば問題ないかもしれない。しかし例えば、血液関連疾患で求められているのは血球ではなく造血幹細胞であり、ジストロフィーに求められているのは骨格筋ではなく衛星細胞である。私の予想だが、近い内に direct reprogramming into progenitor cells という論文が出るはずである。

ところで、私が最近考えているのは、心臓・骨格筋・血管系(これらに血球系を加えても良いが)の相違である。これらは互いに似ているともいえるし似ていないともいえる。それぞれに特異的な因子の研究は進んでいる。また、これらは共通の因子によって支えられてもいる。

以前の日記「転写因子の特異性と調節因子の非特異性」ではこの二階建てで考えていたが、しかしそれではやはり目が粗い。例えば、共通因子のサンプルとして挙げた p300 は、様々な組織で ubiquitous に発現している。考えをもう一歩進めるには、心臓・骨格筋・血管系に共通し、かつ、心臓・骨格筋・血管系に「だけ」共通する因子を想定しなければならない。

そんなものが本当にあるかはわからない。それでも、そのような観点で文献を漁ると、今まで見えてこなかったものが見えてくる(ような気がする)。どこかに sweet spot はないか。無論、簡単に見付かるわけがない。ここで私がやるべきは、一つの美しい仮説を立てることではない。できるだけ沢山の案を出し、それらをできるだけ簡便に検証できる具体的な実験系を考えることである。私は理論家ではなく実験者だからである。