- 豚カツ一切れ

2011/07/23/Sat.豚カツ一切れ

自分でも奇妙に思うイメージ、特定の行為のたびに必ず想起するイメージというものがある。誰にでもあろう。

骨格筋の研究をしていた頃である。「骨格筋細胞の 40% は筋繊維である」「筋繊維の 40% はミオシンである」といった知識を教科書で得た。ということは——、筋細胞の 40% × 40% = 16% はミオシンである。16% ≈ 1/6 だから、一枚の豚カツの中には、およそ一切れ分のミオシンが含まれているはずである。そんなことを考えた。考えてしまった。

それからというもの、豚カツを食べるたびにミオシンを思い浮かべてしまう。焼肉やステーキのときには何も思わない。あくまで豚カツなのであり、実にその点が不思議である。

筋組織の全てが筋細胞なのではない。筋肉には血管があり脂肪があり繊維がある。したがって「一切れ分のミオシン」は過大評価であろう。そもそも、40% なり 16% という数字が、体積比なのか分子数の比なのかも知らない。常識的に考えて質量比であろうが、豚カツばかりが気になって、そんな簡単なことを調べる前に研究テーマが変わってしまった。それでも豚カツのことだけは覚えているのだから始末に悪い。一生忘れないのではないか。

話は逸れるが、骨格筋の研究が早い時期から進んだのは、上述したように、大量のタンパク質が比較的容易に精製できたからである。研究しやすい分野から研究は進む。モデル生物も同じである。その生物は単に飼育しやすかったり、繁殖しやすかっただけなのかもしれない。生物の典型として適しているかどうかは、また別問題である。過去の蓄積があると、どうも錯覚しやすい。

研究者は、自分が研究したいことを研究しているということになっている。しかし半分は嘘である。実際には、研究できることしか研究できないからである。