- 細胞の不完全性——結果として

2010/08/13/Fri.細胞の不完全性——結果として

一ヶ月ぶりで休日を取った。是が非でもやらねばならぬ実験が偶々なかったので、思い付きのように休んだ。仕事は終わっていないので、助っ人期限の九月まではまた休めまい。この他に、自分の論文の revision もある。Deadline の十月半ばまで——resubmission の結果次第ではその後も——、忙しい日が続く。

十月末には、申請していた研究費の採択結果が出る。採否がわからぬことには進路も決められないので、どうにも落ち着かぬ。だから、それまでは慌ただしいくらいでちょうど良い。

学位申請もある。落ちる・落ちないといった試験ではないが、それでも学位審査は一大事である。試問に備えて勉強し直すべき事柄も多い。

胃の痛い話ばかりである。年内には MHP3 が発売される予定であり、楽しみにしていることといえばこれくらいだろうか。

名無しの探偵氏推薦の『ワインバーグ がんの生物学』は実験の合間に読み進め、ようやく半ばまで辿り着いた。癌細胞では種々の細胞機能が失われている。つまり、癌細胞の何たるかを知るには正常な細胞の挙動を学ばねばならない。したがって、本書(の少なくとも前半)は、まるで細胞生物学の教科書のようである。Signal transmission、cell cycle に続き、Rb や p53 の詳細な解説が続く。

癌化の物理的原因のほとんどは遺伝子の改変である。変異が genome の全域でほぼ等確率に発生しても、癌細胞(となって生き残った細胞)に見られる変異は、ある特定の重要な遺伝子に集中するであろう。重要でない遺伝子の変異は癌化を来たさないか、あるいは apoptosis によって消失するからである。

「ある特定の重要な遺伝子」をどう評価するか。これを、細胞系の不完全性と解釈することもできる。「たった一つの遺伝子に重要な機能を依存している」のは、危機管理として不充分ではないのか。Robustness や redundancy といったことを考える。

一ついえるのは、完全な細胞系は進化の速度が鈍くなり、結果として、もっと速く進化する、より不完全な別の細胞系に取って代わられるであろうということである。現在の系の不完全性は、絶え間なく変化していく環境時間との均衡によって成立したとも考えられる。結局、「細胞系の(不)完全性」という議論はそもそも成立しないのかもしれない。

少なくとも今に至るまで我々が存在している以上、細胞系の不完全性は環境に対して充分に適切な範囲にあったといえる。その代償として我々は、ある確率で癌(などの病気)に罹る risk を内に秘めている。「生老病死」を宿命的な四苦として看破した仏陀の炯眼は注目に値するのではないか。