- 我が国「固有の」領土という表現

2010/07/02/Fri.我が国「固有の」領土という表現

佐藤優の本を読むと、「北方四島は日本固有の領土である」という文句を何度も目にすることになる。昭和二十年八月十五日以降、千島・樺太を含む北方領土は、対日参戦した極東ソ連軍に占領された。佐藤の主張は情理両面において正しい。日本の国是、外交方針として採用されるのは当然である。

それにしても「固有」とはどういう意味だろうか。この言葉は、いささか詐術的ではないか。神器問題と同じ違和感を感じる。

神器とされるモノは、いつか、どこかで、誰かが作ったはずである。天皇がいなかった時代に、神器だけが存在するわけがない。だが、天皇の実在に関する議論が盛んな一方で、神器問題はひっそりと無視されている。

「歴史観と科学観」

「日本固有の領土」とは、「神代から伝世する神器」と同じレベルの「物語」ではないのか。北方四島は、歴史の「ある時点」で日本に帰属したものである。北海道全土に日本の主権が及んだのは江戸時代後期以後、択捉島の東側にロシアとの国境が引かれたのは、日露和親条約(一八五五年)においてである。僅々百数十年前、随分と最近の「固有」である。

「固有」という言い方を止めたらどうか。島国である日本は、国境問題に鈍感である。国境は、太古の昔から、何となく自然に存在していたと考えがちである。そのような意識を脱却し、啓蒙を促すためにも、「〜年以来の領土」「〜条約以来の領土」と主張すべきだろう。問題の焦点が明確になり、歴史への関心も高まる。

ところで、「固有」を最も厳しく解釈するとどうなるだろう。『日本書紀』に依れば、伊弉諾尊と伊弉冉尊が産んだ島々は以下の通りである。

  1. 淡路洲
  2. 大日本豊秋津洲(本州)
  3. 伊豫二名洲(四国)
  4. 筑紫洲(九州)
  5. 億岐洲(隠岐)、佐度洲(佐渡)
  6. 越洲(北陸道)
  7. 大洲(周防大島?)
  8. 吉備子洲(備前児島半島、古代は島であったという)

これらが大八洲である。続いて對馬嶋(対馬)、壹岐嶋(壱岐)、数々の小島が海の泡から生まれ出でる。これらの島々を合わせて、葦原中国(豊葦原瑞穂国)という。越洲が別になっていることからもわかるが、豊秋津洲=本州全島ですらない。「秋津」の字が示すように、要は稲作地域のことだろう。東北はおろか関東も怪しい。もちろん、北海道や琉球に関する記述はない。

中国の歴史に見る通り、国土の範囲は時代とともに流動する。「固」「有」という強い意味の文字を当てると錯覚を起こし、誤解を招くのではないか。

国境問題が複雑な欧州などでは、どのような用語が使われているのだろうか。もっと冷静で、見識ある言葉が存在しそうなものである。