- 博士号について簡単に

2007/10/18/Thu.博士号について簡単に

今週は咳で腹筋を鍛えた T です。こんばんは。

体調はまずまず。明日は休む。

昨日の日記を読み返して、今一つ意味不明だったので少し書き直した。熱で頭をやられていたのか。どうして小難しく書こうとするかな。バカか。

研究日記

大学 → 病院。

少し前に頂戴した質問への回答をここにも書いておく。大学には大学病院というものがあるが、我が職場であるところの「病院」は大学病院ではない。大学とは全く別の組織である。病院と大学で共同研究をしている関係から、私は前年度より大学に出入りさせてもらっている。今年度からは大学院生になったので、現在は両方に籍がある。

複数の機関に籍を置くのは、それほど珍しい話ではない。特に、給料の発生しないような、単に共同研究をするためだけの籍ならば、ちょっとした研究機関はすぐに発行してくれる。私も前年度は大学の「協力研究員」であった。機器の利用申請をするためだけの肩書きである。

さて、大学院・博士号もまた、世間一般の人にとっては謎の組織・制度であるようだ。私の父母なんかもよくわかっていない。

博士号の奇妙な性格を理解する上での最大のポイントは何か。博士号は資格でも免許でもなく、単なる称号に過ぎないということ。これである。それから、博士号の授与は各大学においてなされる点。基本的に国や政府は関係ない。したがって、「どこの大学で得た博士号か」は割と重要な問題である。

海外の私立大学などでは、寄付などによって簡単に博士号を得ることができる。某宗教法人の名誉会長がやたらと博士号を所持しているのも頷ける。通常、このようにして手に入れた学位は、日本国内では学位として通用しない。しかしたまに、この種の学位をもって「博士」を称する行為があり、教授選における問題としてニュースになることもある。

というわけで、真っ当な博士になろうとすれば、しかるべき大学でしかるべき過程を踏まなければならない。「しかるべき過程」の第一は、大学院に入学し、博士課程 (博士後期課程) において単位を修得することである。しかしこれは必要条件であって充分条件ではない。博士号を得るためには、外部の客観的な評価も要求される。これは大抵、査読付きの専門誌に論文を発表することで代えられる。博士号の信頼性は、大部分がこのプロセスによって担保される。

必要とされる論文の数は、各大学・各学部・各専攻によって異なる。3本の論文を出さねばならないところもあれば、1本でよろしいという分野もある。研究領域によって論文執筆の難易度は異なるから、3本の方が 1本よりも難しい、とは一概に言えない。かといって、各分野の間で充分な公平性が保たれているかというと、かなり疑問でもある。明らかに取得しやすい博士号、取得しにくい博士号は存在する。これは是か非か。前述の通り、博士号は資格でも免許でもないから、何とも微妙なところではある。