- 新潮文庫の変節

2005/03/18/Fri.新潮文庫の変節

新潮文庫の愛読者、T です。こんばんは。

読書日記

司馬遼太郎『司馬遼太郎が考えたこと 3』『4』を読了。1960年代後半に書かれたエッセイがまとめられている。『竜馬がゆく』『坂の上の雲』が発表された頃で、エッセイも、幕末から日露戦争の話題が多い。

それにしても、このタイトルは何とかならんのか。「イチゴがたっぷりはいったヨーグルトです」とか、それが商品名(固有名詞)なのかというネーミングを、数年前からよく目にするようになった。本当にそれが「イケてる」とでも思っているのだろうか。だとしたら、言語感覚が鈍磨し切っているとしか思えない。「名前を付けるのが面倒臭い」という理由の方が、まだ救いがある。ましてや、ここで問題にしているのは書籍のタイトルである。女子供を相手にした可愛らしい食品とはワケが違うのだ。

『司馬遼太郎が考えたこと』は新潮文庫から出版されている。どうも新潮社、ここ数ヶ月の動向が怪しい。その最たるものが「文豪ナビ」と称された、一連の有名作家ガイド本である。夏目漱石、芥川龍之介、太宰治、三島由紀夫と、錚々たるラインナップで発刊されている。その趣旨はよろしい。が、若者に媚び過ぎたコピーや表紙が気持ち悪い。芥川龍之介の場合、あの有名な肖像写真をトレースした不細工な線画が、表紙右下に配されている。その横には「文豪 新 体験宣言!」とある。書名が『文豪ナビ BUN-GO NAVI 芥川龍之介』、サブタイトルが「カリスマシェフは、短編料理でショーブする」というのだから笑うしかない。

俺は哀しい。大好きな新潮文庫が、ここまで書籍音痴の輩に愛嬌を振りまかねばならないという、その出版界の現実が哀しい。新潮文庫といえば、大時代的で垢抜けない表紙、小さな活字に上等とはいえない紙質、そのくせ、ヒモの栞はどんな薄い文庫にもついている。国語や歴史の教科書に掲載されている本を読もうと思えば、まずは新潮文庫を探してみる。それが海外のものならば、なおさら。そういうイメージがある。その古色蒼然たる、まこと「文庫」の名に相応しい新潮文庫が、俺は大好きだ。それが今や、「カリスマがショーブ」である。哀しい。

新潮文庫よ、もう媚びるのはやめてくれ。今更始めたって、もう遅い。昔の新潮文庫に戻ろうじゃないか。以前のように、怖くて気持ち悪い表紙を本屋に陳列してくれ。『江戸川乱歩傑作選』の装丁など、最高に気味が悪かった。カバーいっぱいに印刷されたドストエフスキーの顔写真は、彼が偉大な作家であることを雄弁に物語っていた。白い背景に朱色の文字で大書された三島由紀夫の名は、その著作が内包しているであろう禁忌的な愉悦を俺に予感させた。その栄光を捨て、「カリスマがショーブ」の世界に旅立とうというのか。もう一度よく考えろ。

……いかん。新潮文庫について語り過ぎた。もう一冊、宮嶋茂樹/大倉乾吾『不肖・宮嶋&忍者・大倉 一撮影入魂!』も読んだ。相変わらず不肖・宮嶋は面白い。本書は、相棒の忍者・大倉との対談。二人でモノにしたスクープ写真が撮影されるまでの秘話が、いつもの調子で語られている。