- 情理の狭間で

2004/10/11/Mon.情理の狭間で

悩める半病人、T です。こんばんは。

最前1週間の日記を自分で読み返してみたのだが、何だこれは、ただの泣き言ではないか。情けねえなあオイ。痛々しいっちゅうねん。今日から頑張って切り替えるか。

研究日記

論文を読む。来週のセミナーで論文発表が当たっているのだ。テーマは筋肉細胞の接着因子。ここ2年ほど、個人的に注目して追いかけている分野である。

筋肉の接着因子・構造タンパク質は、一連の巨大な複合体を形成している。関係している遺伝子は多く、我がラボでも、筋肉をやっていない人には取っつきにくいと思われているようだ。確かに一見複雑そうではあるが、基本的には難しくない。複合体は基底膜側から繊維までつながっているため、概念的には階層構造を形成していると考えてよい。活性系しかない転写制御システムのようなもので、上流が潰されると下流が機能しなくなる、ただそれだけの話である。

高層ビルを思い浮かべてもらいたい。1階に相当する遺伝子を破壊されると、それより上の構造を保てないため、必然的にビルは崩壊する。ある接着因子X の変異体において、2階までの構造が保持されており、4階以上の構造が観察されなければ、因子X の属する階層は 3階ということになる。接着因子の論文で繰り返される抗体染色や蛍光タンパク質による筋肉構造の観察は、階層を探る実験なのだ。

線虫では多くの場合、接着因子の変異体は致死となるが、中にはそうでない場合(行動不良など)もある。このケースでは、その因子X が属する階層Z は、東館と西館に別れて建っていると考えられる。因子X が発現する東館が破壊されても、別の因子によって支えられている西館が保持されていれば、とりあえず死なないだけの構造が残る。抽象的な言い方をすれば、「冗長性がある」ということになる。冗長性は生物にとって大事な概念(例えば遺伝子のアイソフォーム)だが、どうして冗長性のある階層とない階層があるのかはわからない。単なる進化的な偶然なのだろうか?

ビル最上階の研究

俺が研究しているタンパク質は、ビルの最上階にある。破壊すると、やはり個体は死ぬ。しかし「何で?」と問われると、いまだに上手く答えられない。1階の因子を研究しているならば話は簡単だ。ビル全体が崩壊するため、その瓦礫を見せ、「ほら、こんなことになるから死ぬのです」と言えば良い。それはほとんど形態的な問題だからだ。俺の場合、最上階で執務する社長がゴルゴ13 によって射殺され、結果としてビルが用を足さなくなるのに似ている。これは機能的な問題だ。

その証拠に、物理的に破壊せずとも、我らが社長の体質を変えるだけで、役割としてのビルは崩壊する。社長を愛人と寝かさない、社長が飲んでいるバイアグラの量を変える……そんなことで、人間としての社長を殺さなくとも、ビルの業績はガタガタになったり、ヒドいときには倒産する。これが「機能的」の意味である。3年間研究してきて、ようやくそんなことがわかってきた。

この比喩が面白いので、もう少し悪ノリして続ける。俺の研究は「いかに社長をインポにするか」というところから始まった。ついで「バイアグラを飲まなかったときの社長」の様子を調べ、最近の実験では「社長のチンポは本当に下半身にあるのか」を確定した。今度やろうと思うのは、「インポになった社長は本当に愛人と寝ていないのか」という問題の確認である。うむ、こう考えると実験も楽しくなりそうだなあ。

就職活動日記

調子が良かったので、朝からラボへ。恢復しかけのときこそ休むべきなのだろうが、ちょっと寝ていられないというか。先日見付けた募集について、K先生に相談。K先生は、俺がその仕事に応募するなら協力する、と言ってくれた。ありがたいことだが、これにはトリックがある。

その募集は、正確に言うと「就職」ではない。職種は某研究機関の非常勤なのだが、採用されるには「大学院の博士課程に在籍している」必要がある。つまり非常勤に対して支払われる対価は、「給料」というよりも、むしろ「奨学金」に近い性質を持つ。あくまで博士号取得を目指す人間のためのポストなのだ。K先生が推薦してくれるというのは、そこに俺の「博士課程進学」が付随してくるからでもある。いや、俺は何も悪いように受け取っているのではない。素直に感謝している。だがこれは、俺にとって微妙過ぎる問題だ。

非常勤の仕事は、上記の「社長」に関することである。話としては、かなり美味しい(それゆえ、とても受かるとは思えないけれど)。「情」としては、やってみたいと思う。それでも応募にすら躊躇するのは、俺の「理」が色んな疑問を投げ掛けてくるからである。お前はそんなに研究ができるのか、博士号なんて取れるのか、取ってどうするのか……。これらの質問に、今の俺は答えることができない。回答するとしたら、否定気味になる。要するに自信がない。

情理の狭間で迷っているわけであるが、どちらにせよ、今週から動いていこうと思う。胃の痛い話だが、こればかりは寝ていても治らない。