- 印象批評「信玄と謙信」

2003/07/26/Sat.印象批評「信玄と謙信」

今日は長いよ。

社会通念上「できて当然のこと」でも、人によっては甚大なる苦痛や努力が伴うことがある。俺の場合だと団体行動が非常に苦痛で、できうる限り断ってはいるのだが、中には参加せざるを得ないことがある。これまで断れば社会的落後者という一線があるわけだ。誰にもあろう。学校や会社は大好きでバリバリと働く人が、家庭生活は全く苦手ということもあるし、その逆もあるだろう。

人を評価するとき「性格」云々とよく言うが、その性格の中にも、天性のものと努力によって達成されているものがあると心得るべきだ、と俺は考える。

で、思い出されるのが武田信玄と上杉謙信。この 2人、非常に興味深くて俺は大好きなのだ。

信玄は戦争も強いし治世者としても一級、まさに戦国大名の鏡と評されることが多いのだが、これはどうかね。いや、正しい評価なんだろうが、俺はこの結果は信玄の努力によるものだと思う。彼は本質的には怠惰な、少なくとも怠惰にしている方が好きな人間だったという印象がある。

若い頃から信玄は、酒好き女好きの享楽者的な一面がある。諸兄よ、よく考えてみたまえ。戦国最強と言われ、信玄が長生きしたら信長など木端微塵と評された武田騎馬軍団が、信玄生存中に完全支配下に置いていたのは甲斐・信濃・駿河の三国だけ。毛利や北条の方がよっぽど領国が広い。

やっぱこの人、領国経営とか面倒臭かったんだろうなあ、と思うわけですよ。支配下の地域には厚い施政を施して領民の評価も高いのだが、領国が増えたらまた色々とやらなあかんし、と思っていたんじゃないのか、と勝手に忖度してしまう。酒飲んで、姉ちゃんの乳を揉んでいた方が良いという。でも大名なんだから自分の国はちゃんとせなアカン、と。ここが信玄の努力ではないか。逆に領国経営さえ文句なくやっていれば、大名なんだし酒も姉ちゃんもドンと来い。で、本質的には大名の地位が好き。

対照的なのが謙信で、この人、若くして長尾家の当主になったんだが「家臣が言うこと聞かないから大名やめたい」といって寺に逃げる。小学生か、お前は。大名やりたくないんだよ、この人。しかも非常に禁欲的で、女なんかにも興味がない。何が好きかと言えば戦争。戦のために大名として生きる。本当は魔法使いになりたんだけど、という危ないオッサン。

だから領国経営どころか、領地を増やそうという了見すらない。信玄に追い出された信濃の村上義清が「信玄ぶっ殺してくれ」と泣きついてきたら「よっしゃ」と立ち上がる。別に信濃を支配したいわけではない。信玄と戦がしたいだけ。で、雪が解けるのを待ち、山を越えてやってくる。ほとんど季節の風物詩。ビジョンがない。

怠惰な信玄にしたらたまらんかっただろうな。また謙信が来るんかよ、面倒臭え。しかし彼は努力家だから信濃のために立ち上がる。信玄も別に越後が欲しいわけではない。だからずっと川中島で小競り合いをやっている。実態は実に不毛。

同じことを関東でもやる。この人、越後に住んでるくせに関東管領で、例えば小田氏治なんかが「北条ぶっ殺してくれ」と泣きついてきたら「よっしゃ」と立ち上がる。別に関東を支配したいわけではない。小田原城を攻めたいだけ。で、雪が解けるのを待ち、山を越えてやってくる。ほとんど季節の風物詩。ビジョンがない。

北条にしたらたまらんかっただろうな。また謙信が来るんかよ、面倒臭え。しかし彼等には小田原城があるから篭城する。北条も別に謙信と雌雄を決したいわけではない。だからずっと城にこもり、ひたすら飽きた謙信が帰るのを待つ。実態は実に不毛。

北条の圧力に屈していた関東の弱小大名は、謙信が来たら一斉に上杉になびくのだが、謙信は飽きたら帰ってしまう。すると北条が「お前らエエ加減にせえよコラ」と怒るので、再び北条の支配下に入る。結局、謙信の領土はいつまでたっても増えない。本人に増やすつもりもない。

面白いよなあ、と思う。信玄は責務を果たした分、精一杯遊ぶという感じ。でも残業はしない。謙信は責務を果たしているようで実態は遊んでいるという。どちらが良いとかは問題ではない。2人とも後世に巨大な名を残しているわけで、どっちも人生の達人だったんだなあというのが俺の感想。ま、2人の人物論も俺の独断的な印象で語っているわけで、そこから教訓も糞もないだろうが。

長くなり過ぎた。この手の文章は書いてて楽しいからなあ。いっそのこと「Special」でやるか。印象批評・戦国大名列伝。伊達政宗とか大好きなんだが。