- 『獄中記』佐藤優

2010/07/07/Wed.『獄中記』佐藤優

岩波現代文庫は、作品を通し番号で管理しているので、著者名を求めて書店の本棚を検索する際に大変不便である。改善を求む。

書評に移る。

五一二日間に及んだ勾留中に佐藤が記した、膨大なノートを整理してまとめた一冊。「獄中」というが、刑務所ではなく留置所の話である。もっとも、日本の留置所は「代用監獄」と呼ばれるほどで、刑務所と同じようなものではある。

佐藤が東京地検に逮捕されるまでの過程、取り調べにおける検事とのやり取りなどは『国家の罠』に詳しい。したがって本書では、対検事および対裁判用のメモはほとんど収録されていない。内容を大別すると以下のようになるだろう。

「獄中」における退屈な時間を、佐藤は学習と読書に捧げる。逮捕されるまでは外交官として殺人的に多忙な生活を送っていた佐藤にとって、「獄中」に流れる静かで規則正しい時間は決して苦痛ではなく、「快適」ですらあった。確かに、充実した時間を送っている。

「獄中」で佐藤が読破した本、思索した内容は、多種多様で多岐に渡るため、要約することはできない。以下に個人的な感想を記しておく。

巻末の「獄中読書リスト」を眺めて気付くのは、科学に対する佐藤の関心の低さである。語学(ロシア語、ドイツ語、チェコ語)、社会学、経済学、政治学、哲学、歴史、宗教(神道、仏教、キリスト教、イスラム教)に至るまで、難解な学術書や専門書を精読し、それらに基づいた独自の現状分析を展開しながら、しかし science に関する記述は全くない。「読書リスト」に、ローレンツ『ソロモンの指輪』と啓林館『高等学校 数学』が、僅かに挙げられるのみである。

(佐藤は、法学に興味はないと名言している。しかし科学に対しては、このような所感すら表明されていない)

学力低下問題については、歴史認識や宗教教育の不足を指摘するだけで、科学教育に対する論及がない。「学界」「頭脳流出」についても同様、理系の科学者は無視されている。軍事についても、「先端科学技術の精華であるところの現代兵器」といった視点がない。とにかく、見事なほどに科学が出てこない。

佐藤の知的守備範囲は広く、その思想にも目立った偏りはないが、科学に対する姿勢には大いに不満が残る。彼の現状分析は鋭く、憂国の情からなされる警告と、建設的な提案は傾聴に値する。しかしそこに、「米国で研究できれば良い。日本など知るか」という若い科学者を引き留める力はない。

現代の思想家は、科学について述べざるを得ない。噴飯物の論が多いのも事実であるが、それは単なる勉強不足であって、思索を敷衍した結果、科学に接触せざるを得ないという指向性に限っていえば、それは健康的な帰結である。

佐藤の思想は科学について無言である。その危険性を今は具体的に指摘できないが、やはり少しおかしいのではないかと思う。