- 『胡桃の中の世界』澁澤龍彦

2007/01/31/Wed.『胡桃の中の世界』澁澤龍彦

中世欧州の奇書・古書を題材にした、澁澤龍彦が得意とするエッセイ集。

エッセイというが、ほとんど本の中身を紹介しているだけのような気もする。しかし例えば、ギヨーム・ル・クレール『神聖動物誌』などという聞いたこともない古書を読んだ日本人が、果たして澁澤以外にいるのだろうか。

カーン文科大学教授セレスタン・イッポーにより、図書館所蔵の写本から起した最初の活字印刷本であって、今日では入手しがたい書物の部類に属するだろう。私は不勉強で、とても古代フランス語をすらすら読むとは申しあげかねるが、二冊の巻頭を飾っているイッポー教授の長文の序論は、動物誌とか本草書とか石譜とかいった、中世独特の寓意文学を殊のほか愛している私にとって、興味ぶかい指摘にみちた珍重すべき参考文献の一つとはなっている。

(「動物誌への愛」)

「本草書」「石譜」などは、錬金術を代表とする隠秘学 (オカルト) を前提とした博物学の諸書を指している。近代科学の視点から見ればサイエンス的な価値は絶無であり、かといって文学的な価値があるとも思えぬ。まともな学問対象として研究している日本人などいないであろう。

そういう奇書を澁澤が紹介してくれる。彼は純粋にこういった事柄が「好き」なだけであり、これらの本の中から近代科学の萌芽や近代小説の源流を見付けるようなことはしない。やってやれないことはないと思うが、ただひだすらに古書の世界に惑溺している。「いやあ、この本はこういう内容なんだけど、面白いよ」。本書の内容といえばそれだけである。だが、それが良い。

澁澤のような生活ができればなあと、彼のエッセイを読むたびにそう思う。